戻る

びーふらっと情報 第13号
     

 

 

お待たせ致しました。いよいよ改装記念キャンペーン開始です。

詳しくはびーふらっと情報の中でお話をさせて戴きます。

これまでの足取りを辿りながら感謝キャンペーンスタートになります。

昨年の相次ぐ災害に続き、3月20日午前に起こった北九州一体の地震、スマトラから

3ヶ月で九州まで来て居ます。

今後日本列島を東シナ海から太平洋へとぐるりと回り込み、

高知沖を進み、南海洋、そして東海洋、関東沖へと進む断層があり心配です。

長崎壱岐から宝塚に住まいする親戚の結婚式の為、来阪していた叔母・従弟達が

丁度壱岐へ帰ったばかりでニュースを聞きすぐ電話を入れましたが、

回線混雑の為、既に繋がらなくなっていて、、

文明の利器が何の役にも立たない腹立たしさを経験しましたが、

又もや阪神大震災当時を想い出させる事が繰り返され、

日頃、時代の先端を行く電信電話網の世界が

無に等しい机上の計算ばかりが先行する頭でっかちの事業内容が前面に出た、

応用力が微塵も感じられない、顧客不在の対応も問題視されない現状に

憤りを持って行き場のない事に

誰かが何故?の疑問を抱いて下さるのを今か今かと待って居ます。

あれだけ複雑怪奇にした電話網はもう基には戻せないでしょう。

様々な分野で価格競争が至上主義になって居る現状の中で、

価格競争以外に方法はないのですか?と提言します。

こんな時こそ電話連絡が必要不可欠なのです。

一社くらい価格は他社より少し高いですが、

心が入った本物のサービスをさせて頂きますと云う、

勇気を持って提案する会社はないものかと考えます。

目先の利益より先を見越した顧客の心理を付く方法論を

提議する事を考える事は出来ないのでしょうか?

今、自分自身が所属している会社、部署について、

自分は永久にそこに居る訳ではないと云う責任の無さが

現状を許容しているのではと強く思います。

どうせ何年かしたら自分はここに居ないのだからと、

そして固定概念に捕われ過ぎた年月の積み重ねが

こんな所に現われているのだと痛感します。

先ごろの日本航空の様々な現象についても長年の悪習の積み重ねが

ここに来て一挙に表面化したものだと断言出来ます。

御巣鷹山の教訓があまり活かされて居ないような気がして居ます。

若い人達が不幸にもお亡くなりになった方々の収容作業に汗を流している半面、

担当ではない、上司だから、役員だから

何も手を付けないで人任せにする「常識?」が蔓延って居ました。

例え小さな一つの事でもと云う気持ちがあれば何か手立てはあったと思います。

暑い中での作業の様子でした。

大別すると飛行機を操縦する操縦士、飛行機の整備職、地上に降りて飛び立つまでの地上職、

それぞれの分野の人達による業務の分担の遂行を

まっとうして目的地へ到達します。
どの分野も欠かす事は出来ません。

共同作業のスムーズさが飛行に繋がります。

そして利益を生みます。

究極的には無くてはならない分野は解り切っていますが、

それぞれの仕事はそれに適した人材が受け持つ事になります。

操縦する人は操縦する事に専念する、整備をする人は整備に専念する、

地上職の人は飛行機が地上に降りている間に飛び立つまでの準備の為の業務をまっとうする、

解り切った仕事の分担を超越する事も芳しくなく、

コンタクトをしっかり取りながらこの三者のコミュニケーションの潤沢さが

飛行の安全の為に最も大切な事柄だと認識するものです。

年数と共に認識が甘くなり、

安全とかけ離れた所に問題が勃発する事が最大の敵だと

今一度認識を新たに持つ事の重大さを考えた経営を欲します。

誰が社長になるかと言う事ではなく、

どうすれば安全を確保出来るのかを今一度再認識して頂きたいと願います。

統括者は統括する事に才覚のある人がならなければいけません。

誰でもと云うわけには行きません。

適任者を多くの目で多くのジャンルから選ぶ必要があります。現場を知る事の大切さを、、、。

御巣鷹山の事故から20年、

全体像を把握している訳ではありませんが、

大阪伊丹空港に位置する蛍池駅前池田銀行蛍池支店の二階で開店した

サロンアンドジュエリーイケダから始まったびーふらっとの歴 史の中で20年間

、バブルの時代開幕から、正にバブルの時代を経て、

94年9月関空開港、95年1月阪神大震災、そしてバブルが本格的に弾け、

数年後、9.11テロ事件勃発と時代の変遷を象徴的に現実化する出来事が続いて重なり、

航空業界にとって最高に良き時代から徐々に影を落とす出来事の連続で、

こんな時こそ底入れをしっかりするべき所、甚大な人材の流出を防ぐ事を忘れ、

リストラが先行し、リストラに値する人が残り、良き人材が会社を見捨てる現象が見られました。


トップになる人の能力を誰が判断するのか?それは部下なのです。

脳ある部下の進言には多分上司は耳を傾ける事をするどころか、

目の上のタンコブ同様イエスマンを残して、正しい意見の持ち主は排除されたでしょう。

会社の存続か否かはここから始まりますが、

其の時点では自分の可愛さ故、

会社にとって有益な人材は立ち去るしかない状況がそこにはあったでしょう。


第三者は遠くからよく見えていますが、

当事者は頭には過ぎっても自分達の時代のみを考える余り、

次代を担う人材の教育には無関心

もしくは教育の立場にある人材がリストラの対象になるのが現状であり、

従来の教育部署の廃止が問題です。

正社員の教育より人件費の削減の為の派遣社員・アルバイトで

業務を賄う会社組織の崩壊が現状でしょう。

部署を小刻みに分割し、子会社を新設人件費節減をする余り、

会社業務のレベル低下を招いている現実が見えます。

航空業界は9.11事件より前から少しずつリストラが始まり、

関空開港による経費増大により、これまでの利益の蓄積が目立って目減りする事になり、

状況の悪化と共に航空業界の特に著しく業績の低下によるリストラ・人件費削減

そして人生の中で多分会社人間としてトップを目指す事を目標に日々頑張っているのですが、

会社の健全存続も同様に平行して考えるべきです。

様々な方策を考えるのも良いのですが、

今回の合併策も決して成功策とは云えないようです。

JALのプライド・JASのプライドは航空業界に存在する方々の尊厳なる宝です。

両社それぞれ規模の大小はありますが、

JASのカラーはJAL以上のものがありますし、

私はその品位ある誇りの中に心地よい人間性が感じられる社風がとても好きでした。

育ちの良さをそこはかとなく感じる少数派でした。

伊丹時代は本当にファミリアなお付き合いが出来る皆様でした。

既にリタイアされた方、現在現役の方、

いまだにご家庭を含め連絡網はしっかりと続いて居る位です。


お互いが認め合い譲歩しながら助け合う気持ちがあればうまく行く所を

大は小を飲み込もうとする力が働けば、

それは長い歴史の中で出来上がって来た業務内容の格差が噛み合わないだろうと察します。


JALが考えているほどJASの業務内容は良い加減ではなく

JALの業務内容の方がレベルは低い内容になっていると察します。

関空でKGSが採用した人材の劣悪さに対するJAS職員の評価は最低ラインだったと聞いて居ます。

KGSの採用の多くは教育がまともにされていないトラジャルの学生に絞られ、


2年教育の筈が1年間教育を受けるだけで

2年目には空港実務研修と云う名目で安いアルバイト料で1年間働き、

徹底した教育も無いままスライド式に社員登用と云う形に成っている形式です。


大卒の知り合いがしばらく現場で仕事をした時、

あの状況は空港業務の最も重要な飛行機スケジュールの仕事なのに

知識も人間も出来ていない人材とは云えない18〜9才の女性が携わっている不可思議さを

そしてよく事故が起こらないものだと呆れて居たのを想い出します。


JAS職員の教育は徹底して居ました。

両社の社員の動きをよく客観的に眺めて居ましたので、

これはよく見えて居ました。

両社の合併劇により、JAS側が弱者に成るのは納得出来ません。


JAL職員より秀でた人材はたくさんいらっしゃいます。

確かに外国語の問題になると立場は弱いかも知れませんが、

地に足がついた素晴らしい多くの人材が存在します。

何とか善処出来ないものなのでしょうか?

規模の大きい会社に利があるのでしょうか?

JASに頑張って頂きたいと心から願って居ます。

JAL地上職は給与体系が異常に高く、

仕事の内容から察するにJAS職員がその部署に入ると

人件費節減になるのではと考えます。

もっと異常な事がたくさんあります、

こんな事は口に出すべきでは無いと20年間口を貝にして来ました。

様々な会社の内容が解る立場に居る私は貝になるのを良しと考え、これまで守って来ました。

然し、間違いは正さなければと思うようになりました。

母体が大き過ぎて小回りが利かないと常々他社からよく耳にしていた言葉でした。

何事にも何ヶ月もかかり、中々結論が出ないで、遅れ遅れに成る事しばしばでした。


最も早い交通手段の会社が最も遅い社内事情に腹を据えかねる多くの人々が存在しました。


関空へ来てから益々エスカレートして居ました。

透明感の無い、決断力の鈍いトップの存在のようでした。

イエスマンの集合体のようでした。

能力ある人は目の上のたんこぶよろしく随分とはじかれました。

出来る人は後ろ足で砂をかける如く会社から離れて行きました。

離れて行った人達が現在会社経営に携わっていたなら

現在のようなだらしない形にはなって居なかったでしょう。これは断言出来ます。

そばで見ていて本当にはがゆい思いをし、

それに甘んじている人達が気の毒で心有る人達との話題はいつも同じでした。


誰か一人位断を下す人は居ないのだろうかと悔しい思いをしながら、

有能な人材が阻害されている現状を見て来ました。

他人事とは思えなくて心から悔しい思いをしながら、

せめて今日は美味しいお酒を飲もう!!と、、。

経営者は本当に責任があるのですよ!


机上の作戦も現場を知ってこそ建てられるものです。

部下はシビアに良く観察して居るものです。

その部下の意見は一番貴重なそして会社にとっても自分自身にとっても必要なものです。

この意見に耳を傾けそして出来るだけ多くの人とのコミュニケーションを常に取る事が肝要です。


どんなに優れた経営者も1人の考えではなく、

必ず各部署の若い精鋭者の意見は自分の耳で確認する事です。

会社の規模が大きくなればなるほど風通しの悪さが、不透明さを増すものです。


こんな事は解り切った事ですが、

理屈では解って居るものの言動には起こせないのが小回りの利かない由縁です。

もう一度自分の利よりも会社・社員の利を考える経営者になる事をお勧めします。


いつ何処で何が起こっても危機感を敏感に感じる事の重要さを痛感する日々ですが、

用意周到と云う諺を活かし、

確かな自分の意見を持つ事が何よりも大切且つ必要だと断じて云えると思って居ます。


最後に価格競争で勝つ事はまれには有るかも知れませんが、

殆どの場合現実味はありません。


会社の値打ちを下げるばかりか、

社員の労働意欲にも影響を及ぼします。そして業界そのものの存続にも響きかねません。

一時的には有効かも知れませんが、長期継続は不可能です。


目先の利益を追う会社はブランド力を無くし、

利益も目立たず気が付くと大きな欠損が出る事になります。

商品に自信を持てるだけの企業努力をしながら、

お客様に理解を求められる状況を作り出す必要があります。

個人の利益ではなく、会社の全体の利益を一丸となって考える企画が必要です。


会社の意識レベルを1度下げると、とめどなく下げ止まらなくなります。

社員の意識が無意識の内に下がる事を止められません。

そんな事を悲しい思いで見て来ました。
その渦中にいる人達も悲しい思いをしながら働いて居ます。

リタイアされた方々も悲しい思いをされている事でしょう。心が痛みます。

確かに現象としては9.11も自分達の責任ではないにしても事実そうなった事は否めない現実なのです。

現実に対応する力を蓄える事も能力ある人達の仕事です。


様々なジャンルにおいても云える事として、

直近のメディア戦争にも顕われ出しました。私は思います。


今、次代の変革の時が来ているのだと強く強く感じています。


2・3年前の森さんのIT時代到来と宣言された事を想い出しております。

政府が住基ネット推進を発布、NHKハイビジョン放送推進、

小泉首相の自ら国民に向けてのメール発進要請、何もかも中途半端になり、

最近では原点に戻るとか言って、

テレビ画面の中でラジオ放送を放映している現状は何かおかし いと思いませんか?

NHKのハイビジョン推進はどうなっているのですか?
中央政治・大阪市・NHK・NTT・フジ・日本放送・と問題が起こっているジャンルの人材を

よく掘り起こして膿みを出す必要性に迫られているのではないでしょうか?


中でもフジ・日本放送の経営者と云われる人達の画面に映る言動は

どう見てもお粗末としか言いようがありません。

会社経営の原点を忘れ、自分自身の保身を懸命に主張する哀れさを感じ取ります。


フジにしても元々の鹿内さんからもぎり取った獲物を

何とかもぎり取られまいとする醜さを感じる日枝さんの姿は惨めな姿をさらす事無く、

早く引退して戴きたいと思うばかりです。


人から無理にもぎり取ったものは、早晩もぎり取られる事になるのが常道です。

早く返した方が日枝さんの為です。日枝さんには身に添うものではなかったのです。

最近のフジテレビの番組には品格を感じる番組が数少なく、

薄っぺらさを感じ、共感を呼ぶ経営者ではなかったと思います。

帰るべき所に帰るのが落ち着く一番の方法であり、

もっとフジをしっかりと担う経営者にバトンタッチするべきだと考えます。


亡くなられた鹿内さん、鹿内さんのお身内の方にお戻しするのが一番だと思います。

質疑応答にも日枝さんには品性が備わっていません。

画面に出る姿が本音の顔でしょう。お気の毒としか云い様がありません。

経営者としての顔ではない顔が映っています。一刻も早い解決を願って居ます。


随分長くなりましてごめんなさい。昔を想い出して立腹してしまいました。本題に入ります。


先ごろハガキに書き出しました通り、

必携品を身の回りに準備する事が私の日常になって居ります。


阪神大震災の恐さの経験は甚大でした。

この上、あのスマトラの津波の事を考えるだけでも身震いがします。

いざとなった時の自身の対応と必携品を素早く身につける事の訓練もして居ます。


怪我をした時の対応も考える必要があります。

救急車が来てくれる事は期待出来ません。


なるだけ各々自力での対応を考える事が肝要だと思います。

取り敢えず手足を傷つけると、自分が病人になってしまい前に進みません。

何よりも身体に傷を付けない事が必須条件です。
突然地震が起こった時の1〜2〜3分に何が出来るか?何も出来ません。

最低限のものは常に身に付けるか、身近に置くか、

そして火の始末は日頃から心がけておく、ガス栓は日頃から元を切る習慣を付ける、

地震の時の火事がどれほど被害甚大にするかを念頭に置き、言動に結びつける事です。


無事外へ出る事が出来た時、

携帯ラジオに耳を傾けその後の情報をひとつ残らず聞き漏らす事無く、キャッチする事です。

ハガキで書いた必携品今一度確認の上、ご準備なさって下さる事を願って居ます。

よそへそれて泉州は何事もなく良いお天気が続くと入った具合です。

だから、関空が出来たのだと関係者に聞き、今更乍らに納得です。


住めば都とはよく言いますが、全くその通りだと最近になって本当にそう思います。


豊中から引越し、池田に住んで居る頃はすぐ雪が降り積もっても、

大阪へ出ると何事も無かったような状況がよくありましたが、

泉州へ来るとまるで南国です。子供達が冬箕面から来るとコートを脱いで居ます。


太陽がとても近くにあり、空気がよく、海があり、散歩に海まで行くのに何分もかかりません。


居ながらにしてリゾート地です。もう少し環境が改善されると本当に良い町になる事でしょう。


今年からママは畑を借りようと思って居ます。

一緒に何かを作りませんか?市報で水ナスその他野菜の作り方を教えて下さる由、

掲載されていましたので習いたいと思います。
戦後、子供の頃庭の一隅でトマトやきゆうり、ナス、かぼちゃ、サツマイモ、豆、いちじく、小芋、

湿地で レンコンが出来ているのを結構覚えているものです。

夕飯時に曾祖母に言われ、言われたものを畑に行って台所まで運んだ記憶が鮮明にあります。


誰が畑を耕して居たのかは全然記憶にありませんが、

色々な作物を籠の中に取り入れていたのはしっかり覚えています。

幼稚園から小学校に入るかは入らないかの時の記憶です。


その時代はトマト やナス が出来ていたと言う事は夏だったのでしょう。

その頃は季節感がとてもありました。農家ではない家でいっぱい野菜を作る必要性があったのでしょう。

その頃の豊中はのどかな所でした。

現在の10分の1位の人口でした。まだ現在の伊丹空港が米軍基地だった頃の事です。


飛行機が自宅のすぐ上を通り過ぎて行く時、パイロットの顔が見え、

下から手を振ると振り返してくれるのが良く見えたものです。

今から考えると戦争も終盤に近づいた時、

まだ家も少なく少し高台になっている豊中の自宅から大阪の空が真っ赤に染まるのも見えました。

思えば3月10日の東京下町の大空襲後


大阪大空襲があり、神戸、広島、長崎と続いたのです。


何故東京下町だったのか?戦争物資を作る労働力と土地消滅の為、大阪、神戸もそうです。


何ヶ月か前に海軍兵学校に行った叔父も終戦直前に戦死しました。

戦争が無ければ爆撃で亡くなった人達も、戦死者も中国、韓国、朝鮮の犠牲者も無く、

現在どんな社会に成っていたかなあと漠然と考える事があります。

父も船を造る為に広島の造船会社に居ましたが

、3月の寒い日に江田島から呉へ出勤する途中、病院へ行くのが少し遅れ、

急性肺炎になり1週間で亡くなりました。


亡くなる直前夜中に起こされ父の枕もとで父が私に言われた言葉を

今もしっかり覚えていて想い出す度に


江田島の海岸で父の背中に私を背負い、遠泳をしていた父の姿を想い出します。


ハンサムでやさしくていつも笑顔の父でした。

幼児の私が何故か父のしぐさをはっきり覚えているのが本当に不思議です。

弟が父とそっくりでやさしい笑顔の弟の顔を見ると父の顔と重ね合わせて居ます。


やはり命日が近づくと想い出すものです。


母は昨日も「私に向かってあなたが中々起きないから一生懸命起こしてたのよ」と

何時までも母からは私も子供なのです。

最近とてもしっかりして来て編物もするようになって来ました。


今年は孫のあづなが中学生になるので、家族揃っての記念写真を撮る事になっていて、

母に「家族写真を撮りますからおしゃれをしようね」と言うと

「それは大変着物を出さなくちゃ、それから美容院にも行かなくちゃ」と、

とてもはっきり反応を示してくれました。

多分介護度も一段階低くなっている様子です。


とても喜ばしい事です。すぐそこまで来ている春が待ち遠しく、

母と散歩出来る日を楽しみにして居ます。


グループホームでお世話をして下さる方々にはどんなに感謝しても感謝しきれません。


本当にあり難く思って居ます。

叔父、弟妹、2人の娘、2人の孫達その家族達にも感謝です。


いつも仏壇に向かって父にお願いをして居ます。

もう少し母を連れて行かないで、、と。


親孝行が何も出来ていなくて、仕事が無ければずっと母のそばに居られるのに、、と思いつつ、

然し仕事があるから生きがいも感じられるかも知れません。

考えれば考える程矛盾が矛盾を呼び、

やはり選択しながら来た現状がベターなのかとも考えます。


昨日来店されたお客様からご本人の今朝の出来事を聞き、

今を乗り越える事が大変だけれども一番大切な事だと答えました。

今朝の出来事とは大阪に住まいされるおじいちゃんの事です。


小さい時から孫として可愛がってもらったおじいちゃんが介護度5になられ、

お世話をされているおばあちゃんにオムツを変えてもらう時、

おばあちゃんに辛く当たったり、足で蹴ったりされるらしいのですが、

日頃は東京在住で現状を見ていないらしく、出張で大阪へ来たので

おじいちゃんの所へ様子を見る為に寄った時に、

自分がおばあちゃんの代わりに替えようとした時、

あんなに可愛がってくれたおじいちゃんが自分に向かって足で蹴って来た時、

はじめておばあちゃんの大変さを理解出来たと同時に涙が出る位情けない思いをしたという事で、

ママの気持ちがはじめて解ったと言って涙を流されました。

まだ若い年齢でこの経験は辛いとは思いますが、

この事は今後、高齢社会が進む中で、

益々可能性が高くなるそしてしっかり心構えを持つ事の肝要さを考えます。


出来るだけ自分の事は自分で治められる事を予測しての準備を整える事です。


然し何故こんなに人は認知症(これからの呼称)になるのでしょう?

この疑問を解明する糸口を見つけるのも必要でしょう。


そしてもしなってしまった時の対処法もこれから研究が必要でしょう。

現状は研究されない未知数の部分が大半だと思います。

テレビ番組で見たケースは本当に若年層の場合です。


母がお世話になっている所にも若い方がいらっしゃいますが、

よくよく考えて見ると一番の原因は極度のストレスが挙げられるようです。

次は極度の恐怖感を覚えた事も大きな要因になっています。


母の場合は阪神大震災で自宅が半壊になった事で自宅を無くし、

住み慣れた豊中から箕面へ引越し又更に私の都合で泉佐野へ来てもらい、

今まで携わって来た豊中市消費者センターの役から離れた事で一挙に友達から遠くなった事、

知らない土地へ来て淋しい思いが募って急に言動の変化をきたし、

良かれと思って行ったデイサービスの場所が良く無かったらしく、

徐々に介護度が進み、現在の状況になってしまいました。

今求められるのは優しさが何よりの薬のような気がします。


薬事療法は何も必要ではなく、物理療法が一番だと感じます。

現在グループホームがどんどん増えて居ますが、人材が中々揃いません。

これからはもっと真剣に心理学的な教育を徹底して、

入居する人達の心理をつく療法を研究する事が必要な気が致します。

病気ではない病気です。神経の病です。

これを病気と判断して病院に行くのは早計です。


自宅に居て外へ行きたい衝動に駆られるのはもう自分の家ではなく、

生まれた所が家なのではないかと思われます。

母は昔書道をしていましたので、筆を持つと素晴らしい字を書きますが、

もう旧姓を書いています。現姓ではなくなっています。

母の母、おばあちゃんの所へ行きたいとそして時々母の父、おじいちゃんの所へ行きたい、

    家へ帰りたいというのは箕面ではなく、

               母が生まれた家に帰りたいと行っているらしいのです。                             
昔母が「畑から野菜を取ってきて頂戴」と言われて

いつも畑まで籠を持って庭に出たのを想い出して悲しくなります。

泉州の美味しい玉ねぎも作って見ようと思います。

どなたか教えて下さる方がいらっしゃいましたならば、

一生懸命習います。出来たら母の所へ持って行ってみようと遠大な計画です。


     スイカは曾祖母が無くなる直前に口にしたいと言われたものです。 

 
2月の寒い冬のスイカは阪急デパートまで探しに私が行き、

見つけて買って帰り井戸で冷やして小さく切って口に運びました。

曾祖母も床に就かれて3日で生涯をまっとうされました。


水分は人体の60パーセントを占めるものです。

喉の渇きをスイカ・氷で潤す事が最期のリクエストでした。

亡くなる3日前までお元気で着物の解きをされ、

端縫いをされて居た姿は今もくっきりと想い出せます。

行く行くは泉佐野でも作って見たいものです。

歩いていると時々レモンの木が植わっているお家があります。

温暖地帯と云う気候の良さを活用して研究する余地はありそうです。

作業は想像以上に大変でしょうけれど、

研究しながら作るのも、出来上がった時の悦びを想像しながら頑張れるでしょう。


どなたでもお手伝いして下さる方募集します。皆様一緒に農業をしましょう!

 


 今は愛媛のいよかん・和歌山のでこぽんそして極めつけは

和歌山有田のみかん天然ジュースが最高です

有田みかんの皮をむいて袋の皮もきれいにむいて実だけを

ジュースにしている天然ジュース濃厚で自然がいっぱいです。   

1度お試し下さい。本当においしいですよ!!


ハムは FM東京にて通販放送中です。1度お聞き下さい。そしてお申込み下さいませ。
 
  
こだわりのトマトハムサラダ、デザートに今、季節感あふれる、

美味いよかん・デコポン又はアイスクリームをお出しして居ります。

勿論おむすび・どっちの料理ショウに出していた小豆島のうどんも又美味です。


お持ち帰り用に肉うどん(出し付き)ご用意致して居ります。

ハムと共におみやげ用にご利用下さいませ。


もうそろそろ春の水なす浅漬け準備中です。

どうぞお楽しみに!半生うどん(1袋3人前入り)もお持ち帰り頂けます。

これから春から夏に向けて花粉症が大流行のようです。


上質の蛋白質特に上質の牛肉の蛋白質とビタミンCをふんだんに体内に蓄積する事が肝要です。


防腐剤がいっぱい入っているものを身体に入れると内臓に支障をきたして花粉症がひどくなります。

空気を清浄化すると共に深呼吸が出来る状況・環境を作って下さい。 

拭き掃除を徹底して下さい。部屋の中をほこりが舞う事が一番大敵です。

そしてトルマリンを部屋とお風呂において下さい。   

                                                                     トルマリン・ゲルマニューム作戦!   
屋内の電磁波を吸収してくれます。電気製品・携帯電話から放たれる電磁波を撃退して下さい。


今携帯電話・電化製品からたくさんの電磁波が 出ています。

もう10〜20年位経つと問題が表面化 してきます。

神経系統の病気が多く発生しつつある所です。

文明の利器が病気を発生させています。


まだ携帯の歴史は浅く問題に気が付いている人々はまだわずかですが、

時間が経つと共に少しずつ現代病として顕われます。これも予防して下さい。

鉱物学・物理学的にも証明されている鉱物です。
                                                 
トルマリンを身に付けるか、

部屋・お風呂・電化製品(特にパソコン・テレビ)の上において下さい。


もしくは手 首・首周り・ポケットに身につけて下さい。

先般もびーふらっと情報に書きましたが、

最近特にささやかれ出して居ります。神経を冒される前に身に付けて下さい。


携帯電話はなるべく胸ポケット・スラックスポケット等に入れない様にします。

身体から外して下さい。ママは冗談で言っているのではありません。

真剣に真面目に云って居ます。

交通事故で傷を負って痛いと言うものではないので解りにくいですが、

神経系統の事は時間を要し、気が付いた時には取り返しが付叶い事になって居ます。

ママは時計と一緒にアクセサリーみたいに身につけていますが、

遊びでつけているのではなく体の為につけています。

トルマリンは高価なものではありませんが、水質まで改善するほどの物です。

お風呂に入れる・花瓶に(お花が長持ちする)入れる

ブレスレット・ネックレス・飲み水(水道水でも腐りにくい)にも使います。


少しずつお客様に浸透させて行きますが、

せめてびーふらっとのお客様だけでも将来ママが云っている事が表面化した時、

既に使っていらっしゃる方は何事も無く健康でいらっしゃる事で、

やがてご理解戴ける時が来る事でしょう。

そしてゲルマニュームこれは無限大に採掘出来る鉱物ではなく有限です。


とても高価な鉱物ですが、効果は絶大です。

人間の病気特にガンの原因は殆ど血液の循環が悪くなった時起こります。

食生活・不規則な生活と日常習慣病が殆どです。

もう1つの大きな原因はストレスです。

勿論人間関係が原因である事も大きく挙げられますが、環境問題が大きく考えられます。


飛行機に乗っている時、コックピットの計器に強く影響し、携帯使用禁止になる程、

電磁波が飛ぶ事が最重要課題なのに

携帯電話普及の為に何事も無いように取り扱って居ます。


携帯電話の使用頻度・低年齢化で危険性ももっと叫ばれなければならないのに、

どうして誰も何も問題視しないのか、腹立たしい気持ちでいっぱいです。

携帯を使ってはいけないのではなく、使う時の注意事項を明記する必要性を言っているのですが、

何故それが出来ないのか不思議でなりません。


他の乗り物・建物内に電気機器を使用していない所はありません。

文明の利器がどれほど人類に貢献しているかを考える時、

便利・楽をとるか、健康を考えるかの価値観の相違ですが、

現在ではもう後戻りは不可能と考えられています。

然し未開の地へ行き、森林浴をし、

海辺で太陽を浴びる事がどれほど健康に繋がるかと言う事です。  
                                                   
                                                       
自宅に庭を作って木を植えて土や石を入れて環境浄化をしますが、

マンションで住まいされていらっしゃる方には

ベランダに植物を植えて緑を少し取り入れる事をお奨めします。


びーふらっとで電気石トルマリンを準備しています。1kg3000円です。試して下さい。

ネックレスブレスレットも用意しています。

1度お尋ね下さい。自宅の環境保全・あなた様の健康保全を願っての事です。


水質改善(水が浄化され腐りません)土質改善(ゴルフ場のグリーンの芝がきれいに生えます)

体内に入り込んだ電磁気を抜き去ります。

肩のコリ解消・リラックス作用その他の働きもたくさんあります。


天然取るマリン100%のものでなければ効き目はありません。

トルマリンと云って練り物や様々なものが出回って居りますので、

要注意です。信用の置けるお店でお求め下さい。


トルマリンを直輸入して居ります。

泰子が環境を考える仕事として居ります。

用途は幅広く様々なジャンルで役立つ鉱物を社会に広める為に頑張って居ります。


建設(住宅を含む)・船舶・林業と山海(土・水・木)に悪影響を及ぼす物質を

根本から是正する役割を担う天然鉱物を世界環境の防護に役立てようと考えて居ます。


何が何故地球温暖化に支障を来たしているのか?

文明の利器が何故環境に支障を来たす原因になって居るのか?

原価計算も非常に大きな利益の分野で比重を占めますが、

その前に生き物の不利益を真剣に考える企業であって頂きたいと願います。


例えば、原価効率を考える余り、環境・人に対する悪影響等を

置き去りにした建物造りに走ってしまいがちです。

建物の建設に壁材の良し悪しが問題になっていますが、

原価を考える余り、人間もしくは動物に与える悪影響を

考慮に入れる事を忘れての予算が組まれているのが現状です。


校舎・住宅・ビル等で悪質壁材の使用で、

人間に悪影響を与える現象をニュース等でよく見かけます。


人の健康・環境を一番に考える方策を取れば問題は起こらない筈です。本当にお願い致します。
                                                       
コンビニの弁当もたまには良いですが、

日常になると弊害が起こります。間違いありません。


せめてご飯は自分で炊いて防腐剤がいっぱい使っているコンビニ・スーパーのお惣菜ではなく、

少し手をかけてせめてお味噌汁もカップヌードルではなく、自分で作る楽しみを見つけて下さい。


カルシューム・蛋白質・ビタミン各種他バランスの取れた食習慣が正しいものの考え方に繋がります。


びーふらっとが使用している肉は脂肪ではなく上質の蛋白質です。

人間の元気のもとは上質の蛋白質が基本です。

野菜とのバランスを考えた食生活が人間の健康・思考力に

如何に良い影響を与えるかを最重要視する事が必要です。

昨今ニュースで報道されているヤコブ病発症も人間の言動の落とし穴かも知れません。


人生の中で幾つか選択の道は出来ますが、

正しい知識・意識・認識の中で正しい判断をすれば大体


間違いの無い人生を送る事が出来るのではないかと思って居ます。


平凡にこつこつと少数派でも良い、自分に嘘の無い、本物の人生を歩む事が

自分自身には一番相生が良いように思われます。

自分を信じる事が出来る言動をする事に意義を見つけ出し、

その道を突き進む自分でありたいとかたくなに思う日々でもあります。

この度、本年よりホームページを開きました。

          トルマリン・ゲルマニュームの事も書き入れていますのでご確認下さい。

                   びーふらっと情報11・12号も掲載中です。

                 少しずつお読み下さい。現在13号を製作中です。

        今後一生懸命更新を続けますので、ご注目下さいますよう宜しくお願い致します。


        お読み頂いた件数が表示されるので日々お読み頂いている様子がよく解ります。

                       とても嬉しく思って居ります。

      ご意見欄を付設致しますので、挙ってご意見・アドバイスを頂ければ有り難いと思います。


今後はホームページにて刻々時事・社会福祉・文明・文化・環境・文芸・経済

様々な分野を通して考えなければいけない事、

推進する事をグローバル感覚で考えて行こうと改めて思って居ります。
政治は専門家にお任せする方がベターだと考えます。

批判は目と口があれば頭が無くとも止めどなく出来る所が私の趣味には合わない所です。

それはさておき思考力・労力は別の所で使いたいと思います。


そんな事よりもっと別の大切な事が山積して居るように思われますので、

そちらに精力を費やす事に致します。人の批判をする時間を浪費する事なく、

それよりもっと自分と向き合って向上心に目を向ける事にします。ママは就寝時間以外、

殆ど仕事の事で頭がいっぱいです。


携帯も24時間開放し、就寝中もママを呼んでいます。

需要がある間が花だと認識して居りますので、どうぞいつでもお電話を下さい。

出ない時は留守電に用件を入れておいて頂ければコールバック致します。


良い加減に仕事はするつもりはなく、いつの時も全精力を費やす所存で居ります。


この年になっても一応何人分かの仕事はこなせると思って居ます。

順序良く頭を区分し、整理すればながら族も結構楽しみながら出来る物です。

面白い程消化出来るものです。

仕事の量と所要時間は比例するのではなく、内容・品質が伴い、

如何に智恵・器量の豊富さが問われる事だと思って居ます。
                                                      

去年のママのバースデーに孫から届いたカードに

「恭子ママ!お店を経営するのは

大変でしょうけれどがんばってね!」と言う激励の言葉が書かれていました。

小さな子供が良き観察力を持って何かを感じている事に感動し

心に沁みるやさしさを体いっぱいに受け取りました。


溢れるほど優しい思いが伝わって嬉しい何よりのプレゼントでした。

又、「恭子ママ、すき焼きの作り方をノートに詳しく書き残しておいてね!

僕が大人になった時、恭子ママのすき焼きやさんを継ぐかも知れないからね!」

この言葉にもびっくりでした。

誰でもが思う大変な仕事は私の代だけで充分だとの思いがありますが、

恭子ママみたいに美味しいすき焼きを作る人になろうかな?と

思ってくれるだけで嬉しくやりがいを感じる瞬間かも知れません。


ママはいつも孫達に云っています。

美味しいものを食べていると心が豊かになって優しく成れるのよ、、と。


そしてお勉強が好きになって学校へ行くのが楽しくなるのよ、

頭が良く働いていつも元気にお友達と仲良く遊べるし、風邪も引かないよ、、と。


今年4月から中学生になる小学6年生の孫はお母さんもお手伝いしますが、

お弁当は自分で作ります。
                                                      
卵焼きも自分で焼き、おかずもお母さんの指示でいろどり良く、

お弁当箱に上手に詰めて学校へ持参します。

何故なら自分の気に入るものを作って食べる事が趣味で、

学校でもお友だちと分け合って昼食時間を楽しんで居るそうです。

お買い物は必ずお母さんと一緒に行って自分の好きなものを自分の目で見てお買い物をするそうです。

私学は給食が無く、毎日お弁当です。(14ページ赤字に続く、、、。

                  昔ママも豊中から電車に乗って阪急デパートへ行き、

食材をいろいろ見て周ったのを想い出します。

そして中学生の時は勉強もとても好きでしたが

自分でお料理をするのが楽しみだった事を覚えて居ます。


                 物心付いた時には台所に座布団を持って入り、 

お料理を作って居る人達にお味見をさせてもらっていた

曾祖母の教育が功を奏したのだと実感します。

学校卒業と共に和食とフレンチの料理学校へ入学し、

二刀流で素晴らしい先生に恵まれ習得しましたが、

フランス人の先生とは今後の日本におけるフランス料理の形について意見の相違でよく喧嘩をし、

そのお陰でフランス人のシェフが住まいされていた

御影の数寄屋造りの純和風数寄屋造りの自宅で

フレンチと和食のディスカッションをよくしました。

その方は有名なフレンチシェフだったのですが、

若い私には日本料理の自負が強く大量のバターを使うソースが日本人の口には合う筈が無いと、

日本で作る日本人に合うフレンチを理解させる事に傾注するばかりでした。

喧嘩に発展した事も度々でした。


今考えると、よい勉強をさせて頂いたと感謝して居ます。現在大御所ですが、

シェフもママに感謝しているそうです。

又パリではなく(パリで食べるフレンチは美味しいと思った事は無い)リヨン・南フランスで

それはそれは素晴らしいレストランがあり、そこが本拠地になって居ます。

シェフには日本語を教え、ママはフランス語を習いましたが、今ではメニューは完璧ですが、

あとはご想像にお任せです。時の過ぎ行くままに風化しています。

人任せが一番です。あとアルルに素晴らしいフレンチレストランがあり、

お花盛りのお皿盛りが素晴らしく、明日にでもすぐ行きたい衝動に駆られて居ます。
                       
其のメニューとは?日本でも良くあるいわしの一夜干しを網で素焼きして、

何もソースはかかっている訳ではなく、

本当の海辺の町で食べる素朴な日本の旅館の朝食に出て来るような一品と、

例のムール貝どちらも大皿に思い切り山盛り、

ワインを2本もらってオーダーストップ!OK,OK,です。


生半可な量ではない2皿を平らげ、ワインも飲み干しご馳走様!!

フランス人もびっくりと言った所でしょうか。

港町のホテルはやはりコンパクトな眠るだけのスペースがあれば

有り難いと云うシロモノ、早く寝て早く起きて早く出発しようっと!

翌朝カレ8.00出発レイム・トロイ・ディジョン経由・
スイスローザンヌ〜モントレー着レマン湖のほとりに立つインターコンチに1泊、

ベランダから見る早朝の湖面にアルプスの雪をいただいた山々が浮かび、

ほのかに揺れるひたひたと走るボートの蔭が湖面に糸を引く様を眺めながらゆっくりとした時間が過ぎ、

こんな時間が生きていて良かったと思える時間かな〜と、

幻想の世界にしばし浸りきって居る自分が居て、

まるで映画の一場面のような錯角を起こさせる様なひとこまを思い出して居ます。

朝食を済ませてからすぐそばの湖面に浮かぶシオン城へ、、

ひととき過ごし、アルプスの裾野から少しずつ登り始め

1〜2時間アルプスのハイジに成り切り峠の茶屋で一服しながら昼食を取り乍ら、

ひたすら景色を楽しみながら走り、ユングフラウへ、。

裾野に車をおいて登山列車で北壁の目の前まで登ります。


勇壮な壁を目前で眺めここからまだ上へ登る人達が居る中を

恐い恐い山から早々に又列車に乗って下山、

夕刻インターラーケンに到着ここではグランドホテル1泊、

部屋も最高窓からの景色も又逸品窓枠を額にしつらえて

そこから望むユングフラウ、一枚の絵画の如くです。
レマン湖の早朝と共に今も目に焼き付いて消える事は無いでしょう。

最高級ホテルの朝食は?これが又最高!1度宿泊の価値あり!

スイスでは絶品に出会う可能性は低いので、

昼食の分まで時間をかけてしっかりお腹に詰め込んで、いざ難関・峠越えへ出発!

なんと言っても3つの峠を越えなければイタリアへは辿り着きません。

途中ウエンゲン・グリンデルワルドに寄り道をしてカウベルと、

何処かで役に立つかなとの思いで、

杖を買い求め、いよいよ峠へ差し掛かります。

Grimselpassグリムセル峠を越える頃急に天候が変わり、

大雨が降り始め、朝なのに夕暮れみたいに不気味に薄暗くなり、

見通しも悪くどこか雨宿りの場所をと思いながらゆっくり進み、

険しい峠の途中にやっと見つかった小屋にずぶ濡れになりながら入っていくと、

何と日本人の団体が、、。こんな所にも勇ましくバスで来るなんて、

勇気のある団体だと感心しきり、

熱い飲み物で身体を温めて雨の止むのを待たずに出発、

恐い恐い下を見ると気分が悪くなるような峠を越えて、

漸く次の峠、どうしてわざわざこんな所を選んで超えて居るのかと

頭の中がパニックになりながら先をふと見ると何やら白い物体が固まって

こちらに向って襲って来るのが見え、エエッ〜!と行く先を凝視すると、

これは又羊の群れがどんどん近づいて来て、とうせんぼの状態です。


どうなるのかと自然に任せるより他無いなあとストップしていると、

何事も無かったようにす〜と左右に振り分けながら

しばらくじっと待つ私のそばをめーめー鳴きながら、

羊追いに急かされながら通り過ぎて行くのでした。

一瞬の悪夢から目が覚めたように立ち尽くす私に羊追いはバイバイ〜!と

杖をうずたかく振り上げながら行ってしまいました。

ふとこれも又ここならではの景色を見たと思いつつ、

向こうの山肌を見ると滑るように登山列車が

これも映画の一こまのように雄大な峰峰の間を縫って先を急いで、かどうか、

きっと今来たインターラーケン方面に向っているのかなと、

昨日見たインターラーケン駅を想像していました。


まだそれでも1つしか峠を越えていないのに気がつき先を急ぐ事に、、。


ふたつ目のUrkapass(ウルカ峠発音は?

定かじゃないから現地語で記します)をくねくねと曲がりくねった道と長い長いトンネルを抜けながら、

やっと小さな村らしい所を通り抜け、

さすがアルプスの山々から落ちる数多くの滝を眺めながら

漸く平野部に辿り着き、暖かい飲み物に有り付き、

ほっと一息少し走ると、


コモ湖のほとりに可愛いお家が並んで居て、

ここで一服と思いながらもう少し走り抜けて夕刻ミラノ市内へ到着、

ここでも最初思っていたホテルが見つからず、

余りにも建物の外観が美しかったホテルに入り尋ねると、

とても素晴らしい部屋に案内され納得、

控えの間がありコンパクトながら行き届いた部屋の設計が


とても気に入り、ここなら住んでもいいなあと、、。
疲れていたので夕食はホテル内のレストランを予約して一風呂浴びておしゃれをして夕餉の席へ、

先ずはワインを戴きオードブルをメインはと言っても殆どオードブルで

お腹は殆ど満足、ワインを楽しむ事に、、。

デザートはチーズを少しと何にしようかな?と思っている内に

昼間の疲れが急に眠気を誘って、お眠みとします。

部屋まで帰る途中折角だからとお手洗いやバーやバンケットを覗きながら、

イタリアの趣味の良さを満喫しながら、何となく、ながらながらと余韻を楽しむ私であります。


今日はホテル探しに時間を無駄にしたので、

次に行く所はここでとって戴く事にするのがベターだと思う!?

お願いすると心良く引き受けて下さったのが又素晴らしいホテルだったのです。


翌日、朝からミラノの町へ有名な寺院へ行き、

孫に可愛い可愛い服を買い、おばあちゃんバカ振りを発揮、

ミラノ一美味しいリストランテで昼食を取り、又いざ港町ジェノバへ出発南下!

今日からいよいよ海辺伝いの旅が始まります。


夕刻近く荒々しいジェノバの町に到着、

ここでも又少し歩いて目ぼしいリストランテに入り折角だから


美味しいオードブルを取ってワイン?駄目でしょう!

まだもう少し目的地へ着いてからにします。


、、、お構いなくセラーにも入れていないワインを持って来て、

これはどう?余り美味しそうには見えないし、

感じないけれど、こんな所だからと諦めてオープンして戴きました。

予測通り余り好みのものではなく中の下、水と思って呑めば腹も立たないと思いながら一本空けて、

次の店へ、ここでは大成功、ワインの管理の大切さを痛感した一件でした。

もう遅くなったので帰って眠ります。


翌早朝朝市へ出かけ、マツタケみたいなものに出会い、

これは絶対買わなくちゃあとふたつみっつ買い求めバッグの中に、

そして靴の卸しやさんさんに入って見ると、可愛い靴が山盛りいっぱい、10足位から外し、

バッグに詰め込みよいしょと車に積み込み、そのまま出発、Savona Alassio


San remo Menton と地中海沿いを美しい景色を眺めながら海伝いに走り、

いよいよモナコ公国モンテ‐カルロ‐モナコに到着、

結構遅い時間と言っても向こうではこれからそろそろ夕食に出かける時間ですが、

どこか良いホテルはと探していると、

やはりママの好きなたたずまいの建物を見つけ、

それは岬に立つ瀟洒なホテルだったのです。

尋ねると又ステキなお部屋に案内され、

束の間お姫様になったような心地を味わえる時間を戴いたなあと感動しました。

実はその部屋はモナコ公国のお2人の姫君がお泊りになる部屋で

いつもプールで泳いでいますよと教えてくださったのです。


窓から見える海辺にあるプールで泳がれる姫君を想像しながら思いにふける一こまがありました。


翌朝ラッキーにもモナコレースのコースを走り、

丁度開催されていたレースをしばらく観覧して記念グッズを手に入れ、

ご満悦至極、又朝市に出かけ、日本では見かけないものを買い求め、

又バッグに詰め込み、帰ってからのメニューを想像しながら楽しんで居ます。


カードが使えない朝市ではcashが必要なのに困ったなと、

銀行の窓口へ行きカードで少し引き出し間に合わせ、

そろそろニースへ出発、ニースで少し一服してすぐ出発、

カンヌ、ツーロン、マルセイユと地中海を海伝いにひたすら走り、

今晩はマルセイユ泊まり、中々ホテルが見つからず、道に迷い2時間位ロスし、

やっと海辺のノボテルに部屋を見つけ、やはりここでは豊富な海の幸の鍋を食し、

やはり日本の味には勝てないなあと、

日本の味特に大阪の味の繊細さに今更ながらに日本人に生まれて本当に良かったと、

外国の食に触れた時に思う日本人の誇りを一段と改めて感じるママが居ました。


まあまあの夕食を済ませ、溜まった疲れを解す為に今晩はぐっすり眠って明日に備える事にします。


早朝目覚め窓から外を見るとマルセイユの港町らしく結構ガタガタしていて、

それでもホテルの周りには ヨットハーバーがあり、

たくさんのヨットが停泊しており、中から人々が起き出して来て、

オハヨウと口々にいいながら立ち働いてイタリアのポルトフィーノのリゾート地とは

違った雰囲気を醸し出していました。


さすが昔栄えた名高い 港町の様相が今も残っているのが凄いと言う感想です。

昔は随分栄えた港町だったのですが、今ではもっと西の方へ移動したと聞きました。


マルセイユを10時出発、ゴッホが住んだアルルの町で思わずゴッホの絵を楽しみ、

ふと入ったプチレストランで美味を味わう事になります。

このレストランでの事は前回書いた通りです。

楽しいアルルでの想い出を大切にポケットにしまい、

きっと近い内にプチレストランを訪れる事を実現したいと願って居ます。

お昼過ぎアルルを発ち、アビニヨンへ立ち寄り、

川の半分までしかない橋をたもとから眺めながら、過ぎし歴史を思い描いていました。

さてこれから一日がかりでフランスの南から北への縦断の旅です。

およそ15〜6時間雨の道をひた走る間、道に迷う事あり、景色を楽しむ事あり、

街や村を通り抜け、又田園地帯を行き、ブドウ畑を行き、たまには高速道路を走り、

やっとユーロトンネル入り口に辿り着いたのは夜中の二時頃だったかと、

乗り場で時間待ちの為免税売店で面白いものはないかとぶらぶらと歩いている内

可愛いマグカップ達が団体で居ました。

思わず荷物になるのも忘れて20個位手にしていました。

現在お店で使っているものです。こんな買い物をしながら歩くのは楽しいものです。

びーふらっとで部屋を彩っているものが数多くあり、

まだまだ自宅に置いてあるものもいつか又お店のどこかに飾ろうかと思って居ます。


日本のデパートで見ると思わぬ値が付いていますので、

又つい荷物になるのに手が出てしまいます。


洋服始め身の回りの物は日本では殆ど買い物はしない習慣が付いています。

何故なら日本はやはり物価は高く日本で洋服は買えません。

日本で買い物をする事を思えば旅費は充分賄えます。 


良い品質の物が手に入り安価です。 

皆さんと旅をする機会を得て芸術も旅も楽しみながら買い物も楽しみましょう。

時間・空間・芸術・歴史・人とのコミュニケーション・未知との遭遇・日本の良さの再認識


様々な思いを乗せての旅を重ねる毎に旅への思いは益々深くなって行きます。


本当に楽しい旅をしたいと思って居ます。皆さんご一緒に旅をしませんか?


旅の想い出を語り合いましょう!美味しいオードブルと美味しいワインとパンで楽しいひとときを、、、」

2人の孫は箕面クラブに所属して居て、

土日は殆どラグビーの練習です。教育方針は様々ですが、

子供達が選択した方法がベストだと思って居ます。

のびのびと厳粛におしとやかにとは行きませんが、

なかなか楽しい学園生活を送っている様子が伺われます。


家族揃って美味しいもの大好きな肉食一家で、

本当に元気な家族は毎日毎日スケジュールいっぱいの日々を過ごしている模様です。

弟は姉と同じ幼稚園でしたが、

元来女子校で男子は小学部が無く公立へ行きましたが、

中学はラグビーの為に私学へ行きたいと子供自らが母親に言っているようです。


何でも希望を持ってトライトライ!!試してみる事が肝要です。

ラグビーも何処まで続くのか未知数ですが、可能な限り頑張ってくれればと思います。


大切な事はラグビー 一辺倒ではなく勉学の方も頑張る事だけは叩き付けて、

頭の悪いプレーヤーにだけはならない様、オールマイティー人間になる事が望ましいと思って居ます。           
                                                     
 
所で昨夜遅く成田からのお久しぶりのお客様が四葉のクローバーが

群生している鉢植えを空路運んで来て下さいました。

「ママがもっと幸せになるように、心を込めてプレゼント!」「えっ!!」と、

手にしてよく見ると、可愛い四葉のクローバーがここにも、

そこにも、もっとよく見ると居ました居ました、何と何と、、、。


「四葉のクローバーがいっぱい!」見て居るだけでもう幸せいっぱい!本当に有難う!!


遠くからママの幸せを祈って頂いてママは本当に幸せ者です。

三つ葉のクローバーは踏まれても踏まれても強く強く季節が来ると待って居たかの様に

大陽の光を求めて顔を出します。

その中でも異端児の四つ葉のクローバーはひとつ淋しくぽつんと自己主張をしていますが、

こんなに群生していると「本当に良かったネ!

やっぱり群生させる事を考える人が居たのネ!

人生って捨てたものじゃあないわね!良かった〜!」


心から感謝してこの鉢植えがどんな成長の仕方をするか、

ず〜っと見守る事に致します。


皆様も御来店の際には成長の様子を確認なさって下さいネ!


そして今日は東條さん・ご子息と和歌の山関とお弟子さん達が来店され、

何回か来て下さって居るのですが、

今日は始めてはっきりと至近距離でお話をさせて頂きました。

やっぱり大きいなあ〜!関取!


和歌山出身のおおらかで楽しくてジョークが際立っている関取

びーふらっとのすき焼きを食べるのが楽しみだと言って下さる関取、

美味しく召し上がって頂こうと、

お肉を焼く手が美味しくなれ、美味しくなれ、と緊張感でいっぱいになります。

今日はいつものトマトハムサラダ・リブステーキ・そしてすき焼き何でも無いようですが、

量は何人前になるのだろう?それにハムも野菜もいっぱい、いっぱい!!


去年の大阪場所は桟敷で家族皆で観戦しましたが、

日頃テレビで見る関取の力強い土俵の上での
取り組みは勇ましく厳しく強い日本のお相撲さんです。

少しでも長く土俵の上の関取で居て下さる事を願って居ります。


3月30日に「和歌の山関を囲む会」が大阪で開催されます。

和歌の山関を囲んでお話を楽しむひとときを過ごす会です。ママと一緒に行きましょう!! 

和歌の山関はとても楽しいですよ!!


御来店の度に本当は一緒に写真を撮って頂きたいと思うのですが、

シャイなママはなかなか言い出せませんので、30日には思い切ってお願いしようと思って居ます。


ご希望者はお申し出下さい。チケットを準備する都合上お早めにお願い致します。


次は加藤登紀子さんのコンサートが、3月10日泉佐野・泉の森ホ−ルであり、

終った後、久方振りにびーふらっとへご来店下さいました。

2年前

ご主人(藤本さん)の一周忌が東京で催された時は随分疲れたご様子で心配して居ましたが、

今回、明るい様子が見られ、

本来の加藤登紀子さんらしさが伺われ本当に安心しました。

益々のご活躍をお祈りして居ります。

お会いする度に一緒に写真を撮って戴くのですが、

今回が一番若くて元気で美しい加藤さんでした。

お元気になられて本当に良かったと思います。
ここの所へ来てあわただしく目まぐるしく状況が移り変わって来て居ります。

春が来てびーふらっとの周辺も少し温度の上昇を感じます。

少しずつ人の動きも活発になりつつあり、

最も悪い状況からはやっとトンネルの向こうに明るさが見えて来たかな?と感じ始めております。


まだまだもう少ししなければいけない仕事は残っていますが、

少しずつ片付け乍ら、

来る本格的な春に備えるよう態勢を整えようと心構えを新たにして居ります。
                                                      
12月23日の10周年にはお得意様特別ご招待会に向け、

少しでも実力を備える事を考えて行きたいと、目標に向かう事を心して居ります。

ママはいつの時も一生懸命がんばりますよ〜!

皆様に暖かい応援とお引き立てを頂いている実感はしっかりと自覚して居ります。

ママが考えている事、

最終的にはママは住まいとお店と皆様にお泊り頂けるスペースを作る事を希望して居ります。

温泉も!お願い! 乞うご期待!!


いよいよ改装工事に取り掛かり、

懸案の収納増加とお客様のくつろぎの部屋をもうひとつ作り、

ご予約を戴いた時、ご希望に添えますように

そしておもてなしにお客様をお連れ戴いて恥ずかしくないように態勢を整える所存で居ります。


お客様から再々ご指摘をお受け致しておりましたカウンターの機能も果たせるように、

そして最大の念願でもありますびーふらっとの良き仲間がいつでも

心から楽しいひとときをお過ごし戴ける空間を今まで以上にご提供出来ますよう、

智恵を絞りたいと考えて居ります。

家具類は別の場所で制作しますので、

約1週間のお休みを戴く予定を致して居りますので、

重ねてご了承の程お願い申し上げます。


出来上がりましたあかつきには改装記念キャンペーンを実施させて戴きます。

どんな形を取ればお喜び戴けるかと今名案を練っている所で御座います。

お楽しみにお待ち戴きたいと思います。

益々力を蓄えておもてなしに全力投球致す所存で居りますので、

ご助言をお申し付け下さいます様、重ねてお願い申し上げます。


これからも「美味しい!!」「やっぱり美味しい!」の言葉をお聞き出来るような

本物のおもてなしを真情にびーふらっとの歴史を世の中に逆らいながら

ゆっくりゆっくりと積み重ねて行こうと思って居ります。


ママはママにしか出来ない形を形成しながら、

すき焼きの歴史をも積み上げながら進化させて行こうと思って居ります。

少し忘れ去られた日本の代表の味、

すき焼き復活に賭けるすき焼きのびーふらっとでありたいと思って居ります。


60代バンザーイ!!まだまだこれから働く60代でござる!

真剣に、楽しく、60代ぜんか〜い(全開!)


面舵いっぱ〜い!!60代集合!!皆で楽しくて美味しいお酒を存分に呑みましょう!

最近新聞紙面でよく見かけ気になる事がありますが、

今日の朝刊に日本航空査察の記事が目に飛び込んで来ました。

私が時間をかけて忍び寄る危険性を危惧していた不安感が的中しました。


20年前から気付き始めて当時の支店長クラスの方に少しずつ気が付いた事を云って来ましたが、

自分達の意見は上には届かない?支店長クラスで?と思いましたが、

実際そうだったようです。


其の頃、課長クラスの方々が諦め顔でママの言っている事は正しいけれど、と

シビアな言葉を吐くママは次第に阻害されて行きました。


日本航空が好きだから云ってきた言葉が無駄に消されながら時は経ち、

日本航空の方、関連会社の方の様子を垣間見ながら、

近い内に本当に何か問題が起こるのでは、、と心を痛め続けて来ました。


予想とか予測ではなく、心有る人達(本当に日本航空を愛し、

一生懸命何とか是正はしていけないものか?と考えている方々)の言葉を聞きながら

本当に心配して来ました。

整備、キャプテン、関連会社の人達はいつも心配と共に杞憂していた方達でした。

それがストレスになっていました。


正しい意見が通る所まで行かず風通しが悪く、何処で留まっているのか?

イエスマンの意見が通っていたようです。

不透明観ばかりが目立っていました。

これの連続では前に進まないのは当然の成り行きです。


其の内に本当に大事故に繋がらないと良いけれどと

日本航空に乗るのが恐くなっていました。
これから数多くの団塊の世代がリタイアと共に、

技術ばたの多くの人材が会社から離れます。今即興で、


若い技術者?を養成して居るそうですが、

各部署同様人件費削減が前に出た安い技術者を求めているようです。

パイロットも急遽増員の為、急造して居るようです。


本当に職人と言える人が居ますが、実情を嘆いて居ます。

操縦の技術ではなく

管理職になる為の技術以外の不必要な技術を身につける事が先行して居るようです。

整備・操縦者は必要な技術を身につける事に専念出来る環境を作るべきです。

それぞれの分野が誇りを持てるようなシステムを作る会社経営者が必要です。

技術職を尊ぶ環境が最も大切だと感じます。

思い切った組織替えをする必要性に迫られて居る様子が手に取るように明らかです。


技術職と地上職とは全く別個の物だと云う認識を地上の人達は持つ必要があります。


パイロットにも人権があり、最も難しい難関を突破して得る技術です。

医師・弁護士・同様、・管制官・整備・様々な分野での

夫々技術者を優遇するシステムはやはり必要です。

管理職になる事を考えなければならないような

環境は作るべきではないと堅く思います。


それを管理する優れた人材もそれ以上に必要ですが、

このジャンルで間違いは起こりやすいのです。


現場を知らず机上の作戦になり兼ねないのが実情です。

事実を受け入れて下さる人が居なかったのが不幸な事だったと思います。

プライドの塊みたいなエリート意識の強いジェントルマン族の集団は


私みたいな一介のすき焼きやさんに指摘されるのがとても恐かったのだろうと察します。


この人達が私をすき焼きやさんにした人達の仲間ですが、

そんな事も忘れ去って気に入らない事を指摘されると


子供みたいに背を向けてしまうお坊ちゃまの集団でした。

人の事は余り云えませんが、

きっと私も逆の立場ならばそうしたに違いないとも思います。

この人達の事をお客様扱いをしていなかったとも云えます。


もう少ししっかりしないとと葉っぱをかけるつもりでもありました。


躓きを知らず、エリートコースを順調に来た人達は不慮の事故には

免疫が出来ていない事が最大の欠点でしょう。

私は阪神大震災の経験で随分大人に成長し、9.11でもう一度躓きを経験し、

世間の営みを冷静に眺める力を少しつける勉強もして

今ではすっかり世間並みになり得たかな?と思えるように


なって来ました。易い・低い方に流れるのは容易い事ですが、

そこを踏ん張って少しでも思い留まる事に努力しつつ、

世間様と波風を立てないようになんて考えられるようになって来たようです。


まだまだひよっこで、世間並みとは行かないかも知れませんが、

そんな事を云っている内にもう介護保険症を手にするようになります。

人間の成長程不確かな物は無いようです。


もう少し年を重ねた時、

ふらふらとあてどの無い旅に出る事を楽しみに

もう少し美味しいすき焼きを焼き 続けようかなと思って居ります。

又お近い内に是非ご来店をお待ち致して居ります。


平成17年3月吉日  


http;www.bee-flat.com  左記の通りびーふらっとのほーむページが出来上がりました。


是非ご一読下さいませ。


お気付きの点が御座いましたら、ご指摘下さいます様、

随時更新致します故、時々お目通し頂けますよう宜しくお願い申し上げます。  

すき焼きのびーふらっと 池田恭子拝

最近とみにメディア等で地震に関する情報番組が目立って居ますが、

もう少し研究が必要かと思います。

現実は甘いものではありません。真剣にとりくんで頂く事を願います。


サッカー・愛知万博・プロ野球開幕・日本の国技相撲大阪場所・ジャンルを問わず

様々な方面での年度替りと云う時期に加え、

卒業・入学の行事が目白押し、片やITの世界とメディアの世界の融合化を目指す、

時代の変革の時期に差し掛かっている事を

如実に社会へ知らしめるIT界の精鋭達の動きに注目、

然し、ITの世界と云っても様々です。

ITとは何なのでしょう?

経済にどのような影響を与えているのか?

ITの意味合いをよく把握していない現在の

日本の経営陣にどんな影響を与えているのか?

戦後の産業発展に寄与した人材の中で

選ばれた経営陣は殆ど規格品もしくは人身御供

更にはイエスマンだったでしょう。

実際の能力ある人材は煙たがられ又実力を見抜ける上司の不在により、

上司の都合の良い中途半端な会社にとってどう考えても

役に立ちそうに無い無能者が経営者に選ばれるのが通常の

時代が続き、この最悪の時代に重なってしまったと言うのが

妥当な所でしょう。

創業者の意思は尊重される事の少ないポリシーの無さが

どれほど会社にとって不利益になるかを頭で解りながら

自分可愛さ余って、自分が去ったあとの事は考慮に入れず

自分の利益優先がまかり通って来ました。

折角企画・営業が頑張ってもトップに能力が無ければ宝の持ち腐れです。

消化出来ず、見過ごされて付加価値も付かぬまま終ってしまいます。

こんな不合理がまかり通る日本の企業内部事情がありました。

こんな大変な事が公然として成り立って居たのです。

何時かこんな時代が来ても何もおかしく無かったのです。

何事も日頃の積み重ねがものを言います。

努力の積み重ねに寄る功績は中々表面には出てきませんが、

怠慢の積み重ねによる事故は何時かは形になって顕われ大事故に繋がります。

日本の体質改善をする必要性に迫られる時期が一刻を争う形来てしまっています。

企業改善の必要が全体を通して考えられなければ日本企業は世界に立ち遅れてしまいます。

技術は外国へ流出、人材も又流出するのではなく、

人材を育て、起用する才覚を磨いて頂きたいと願って居ます。

自己満足の世界は人からは歓迎されない事であり、

会社にとって余りにも大きな損失になる事間違い無しです。

会社だけではなく、社会的に大きな影響を与える事になる大企業の姿勢は

このうえもなく環境破壊の遠因にもなると考えた方が良いのではないでしょうか?

人類と地球と宇宙を救うんだと頑張る若者がママの娘の一人として

存在する事に安心感を抱く一縷の光を感じます。

団塊の世代が去る時代が間もなくやって来ます。

これから続く若者に大いに期待をすると共に、会社とは?とグローバル発想を

率先しつつ、社会における貢献度を如何に高くにとの認識あらたに

若者発奮を手がけたいとおもって居ます。

世の中は鳴り物入りで華々しく新世代へと移り行く事を

悟らなくてはいけない時代に突入致しました。

又もや不透明者の介入が無ければ良いがなと一瞬考えてしまいますが、

1度若い人にバトンタッチする事がベターなのではと考えて居ます。

 

これから私達の世代はこれまでおろそかにして来たと云っても過言ではない

子供達の教育制度の改革・家庭教育のあり方・社会に対する貢献度・環境保全

等を縁の下の力持ちとなって真剣に取り組む必要があります。

私達の子供世代は親の手を煩わす事無く、しっかりと教育を受けながら親世代の姿を

鑑によく働く子供達に成長して居ます。

家庭を顧みずと言った方が適切な表現かと思う程、仕事に掛ける時間を

家庭団欒にかける時間の何百倍もかけ仕事に賭けて来た親世代を

冷ややかで冷静な目で見つめ、シビアな観察をしながら育ちました。

がむしゃらに仕事をしていた姿だけは評価しているようです。

但し、そこに理論・戦略・計算・企画力が盛り込まれて居ます。

決して私達みたいな義理・人情・心の見極めが混入しません。

具体的に表現するともう少し割り切りが入り込んで来ます。

然し、経営に一番必要な数字はよく計算が成り立って居ます。

切るべきは切る、メリットに向けてはいち早く察知する力は養って居ます。

人材においても必要な人材には厚遇・不必要だと判断すると

ばっさりと切る事が出来ます。

優柔不断な私達にはマネの出来ない言動で年功序列も全く無視です。

これをする事によってより良き人材は集まります。

人間の生き方を育つ段階で勉強して居ます。

確かに私達が育った時代は親世代・その上の世代は戦争で多忙を極め、

ともすれば、厳しい家庭教育の中に見過ごされて来たのは

将来の指針を示す教育だったかもしれません。

その時代は家業は子供達の見えない所で営まれていました。

職住接近は殆ど無く自宅は居住の場所でした。

子供達に仕事の内容は殆ど解らない状態でした。

然し、現在ではメディアの発達で耳からばかりではなく目からの情報過多に

なって居ます。

現在の子供達の情報網は無限大でもあり、今後IT社会が益々進むに連れて

どんどん親世代とはかけ離れた所での社会が出来る可能性大だと

判断して居ます。

 

戻る